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「書いたもの」は、「書いた自分」を超えていく。

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「日記かブログを書くといいよ」

新天地へ向かう人、迷いが生じている人、停滞期にある人…
何かアドバイスを求められた時はいつもこう言っています。

 

なぜ「書く」ことが大事なのか。

 

「書く」ことで、分かっているようで把握しきれていなかったものが形になる。
それも確かに「書く」ことの効用です。

でも、尊敬する小林秀雄さんは言います。

拙(まず)く書けてはじめて考えていた事がはっきりすると言っただけでは足らぬ。
書かなければ何も解らぬから書くのである。

「知っていることをはっきりさせる」だけじゃない。
「書くことでようやく知れる」のだと。

 

 

村上春樹はこう書いています。

僕は決して発展しながら小説を書いてきたのではなく、
あくまで小説を書くことによって、かろうじて発展してきた

-『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです 村上春樹インタビュー集1997-2011
著:村上春樹

 

「書く」という行為はきっと、単に「今の自分を確かめる」手段を超えています。

書かなければ知ることのできなかった「自分以上のもの」に気づくことがある。
今の自分が追いつかないほどのものが出てくることもある。

そこに、自分という実態が追いつこうと努力する。

そういう成長の仕方が、確かにあると思います。
「書いたこと」の方が、「書いた自分」よりも、先を行っている。

 

成長と言えば、「吸収しなきゃ!」と焦りがち。
でも、「吐き出す」ことの方が大事な時もあります。

呼吸法の一つに、

・息を全部吐き切る(15秒)
・腹部の力を抜いて、空気が入ってくるがままに任せる(5秒)

というものがあります。

吸うことよりも、吐くことを重視する。
全てを吐ききって空っぽになった肺は、
すっと力を抜くだけで自然に空気を吸いこんでくれる。

慌てて何でも得ようとするのを、少しやめてみる。
それよりも、今あるもの出し切ってみる。

出し切った後にふっと力を抜いてみる。

その時に、必要なもの、もしかしたらそれ以上のものが、
「吸おう」と強く意識していた時よりもずっと自然に入ってくるのかもしれません。

 

もうちょっとストイックに「書く」ことを考えている人には、
先日読んだ『存在の耐えられない軽さ』という小説の著者であるミラン・クンデラのこの言葉を。

偉大な小説はつねにその作者よりもすこしばかり聡明である
(中略)みずからの作品よりも聡明な小説家は、職業を変えるべきだろう

-『小説の精神
著:ミラン・クンデラ

「自分の方が賢い」と思っているうちは、まだまだ手抜き。
プロフェッショナルは、自分自身を超えているものを表していける人だと思います。

 

 

「書く」ことは、
自分の輪郭も、思考の範囲も、想像力の果ても、
もっともっと広げてくれると信じています。

なので、ブログの更新頑張りますね(笑)

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