無条件に人にすすめられる冒険記:『星野道夫著作集1(アラスカ 光と風 他)』

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本を愛してやまないからこそ、「おすすめの本は?」と聞かれると悩んでしまう。

なんでもそうだけど、goodかどうかよりも、大事なのはfitかどうか。その人の性格、状況、求めるものによって、fitは変わってくると思う。だから、そういう色々を聞いてみないことには、「おすすめ」はなかなか答えるのが難しい。

…と、そんな風に頭でっかちに考えてしまいがちなのだけど、ときどき、その人の性格とか状況とか関係なく、多少強引にでも無条件にすすめたいと思う本に出会う。

星野道夫著作集 1 アラスカ 光と風 他』は、間違いなくそんな一冊だった。

 

星野道夫著作集〈1〉アラスカ・光と風 他

星野道夫著作集1 アラスカ 光と風 他』星野道夫著、新潮社

 

アラスカの大自然に身を捧げた写真家・星野道夫さんの行動力は凄まじい。

10代のときに神田の洋書店で見つけたアラスカの写真集。そこに載っていた1枚の写真に写っていたのは、小さなエスキモーの村「シシュマレフ」。この写真に心奪われ、どうしても訪ねてみたいと思った星野青年は、村長に手紙を送る。半年後に返ってきた「受け入れOK」の手紙に導かれてアラスカへ渡り、結局星野さんはそこに居を構えてしまう。

 

写真家の本でありながら、この全集には一切写真がない。

収録された各作品の元々の書籍には写真が載っていたそうだけど、ここにはあえて収録されていない。だからこそ、文章家としても稀有な才能を発揮できる星野さんのすごさが伝わる。

短文、短文のシンプルなリズムの中で、星野さんは言葉を飾らない。ワクワクする予感に正直で、信じられないような行動力を持っている。危機感を、常に探究心が上回っている。文章は少年のような好奇心に満ちているから、ときどき旅の記録の中にいる星野さんの年齢がわからなくなる。

かと思うと、突然プロのカメラマンの目線に移って、大自然や人間の本質を鋭く見抜いたりする。

 

そんな星野さんによって紡がれる言葉から、想像を絶するアラスカの大自然が浮かびあがってくる。

村人総勢で2時間かけて陸上に引き上げ、体を切り裂けば極寒の地に湯気が立ち上る鯨漁。
爆音を轟かせ、津波のように極北の海をうねらせる巨大氷河の崩壊。
体感温度マイナス100度の山中でカメラを構えて一ヶ月待ち、闇夜の中で恐怖を感じるほどの閃光を放つオーロラとの孤独な対峙。

凄まじい臨場感だった。人の力が一切敵わないようなダイナミックな世界が、今この瞬間も地球のどこかにあると思うと、自分の両目で見えている光景なんて砂つぶのようで、知っている世界はなんて狭いのだろうと思う。

 

ところどころに挟まれるグリズリーとのエピソードは、その後の星野さんの運命を暗示しているかのようで、映画の中で現れる伏線を見ているようだった。

人間と熊が適切な距離さえ保っていれば、無闇にライフルの引き金を弾く必要はない。そんな信念から、星野さんはほとんど銃を携行しなかった。だけど、まさにその熊によって最期を迎えることになる。享年43歳。

星野さんを襲った熊は、人間によって餌付けされ、人間との距離感を失っている個体だったそう。

あまりにも皮肉だと思う。同時に、不謹慎承知で言えば、ドラマティックであるとすら感じてしまった。なんという人生を送ってきた方なんだろう。

 

自分の知らないスケールの世界に圧倒されたい気分の時には、ぜひ多くの人にこの本を読んで欲しいと思った。この本は、読後の教訓など必要なく、ただただアラスカの迫力に没頭できればいいと思う。全集は厳しいという場合は、『アラスカ 光と風』だけでも。秋の夜長にぜひ。

その代わり、冒険心に駆られて、興奮して眠れなくなるのには要注意です。

誰かに手渡したいと心から思える本だった。

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