2016年 2月 の投稿一覧

「書いたもの」は、「書いた自分」を超えていく。

「日記かブログを書くといいよ」

新天地へ向かう人、迷いが生じている人、停滞期にある人…
何かアドバイスを求められた時はいつもこう言っています。

 

なぜ「書く」ことが大事なのか。

 

「書く」ことで、分かっているようで把握しきれていなかったものが形になる。
それも確かに「書く」ことの効用です。

でも、尊敬する小林秀雄さんは言います。

拙(まず)く書けてはじめて考えていた事がはっきりすると言っただけでは足らぬ。
書かなければ何も解らぬから書くのである。

「知っていることをはっきりさせる」だけじゃない。
「書くことでようやく知れる」のだと。

 

 

村上春樹はこう書いています。

僕は決して発展しながら小説を書いてきたのではなく、
あくまで小説を書くことによって、かろうじて発展してきた

-『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです 村上春樹インタビュー集1997-2011
著:村上春樹

 

「書く」という行為はきっと、単に「今の自分を確かめる」手段を超えています。

書かなければ知ることのできなかった「自分以上のもの」に気づくことがある。
今の自分が追いつかないほどのものが出てくることもある。

そこに、自分という実態が追いつこうと努力する。

そういう成長の仕方が、確かにあると思います。
「書いたこと」の方が、「書いた自分」よりも、先を行っている。

 

成長と言えば、「吸収しなきゃ!」と焦りがち。
でも、「吐き出す」ことの方が大事な時もあります。

呼吸法の一つに、

・息を全部吐き切る(15秒)
・腹部の力を抜いて、空気が入ってくるがままに任せる(5秒)

というものがあります。

吸うことよりも、吐くことを重視する。
全てを吐ききって空っぽになった肺は、
すっと力を抜くだけで自然に空気を吸いこんでくれる。

慌てて何でも得ようとするのを、少しやめてみる。
それよりも、今あるもの出し切ってみる。

出し切った後にふっと力を抜いてみる。

その時に、必要なもの、もしかしたらそれ以上のものが、
「吸おう」と強く意識していた時よりもずっと自然に入ってくるのかもしれません。

 

もうちょっとストイックに「書く」ことを考えている人には、
先日読んだ『存在の耐えられない軽さ』という小説の著者であるミラン・クンデラのこの言葉を。

偉大な小説はつねにその作者よりもすこしばかり聡明である
(中略)みずからの作品よりも聡明な小説家は、職業を変えるべきだろう

-『小説の精神
著:ミラン・クンデラ

「自分の方が賢い」と思っているうちは、まだまだ手抜き。
プロフェッショナルは、自分自身を超えているものを表していける人だと思います。

 

 

「書く」ことは、
自分の輪郭も、思考の範囲も、想像力の果ても、
もっともっと広げてくれると信じています。

なので、ブログの更新頑張りますね(笑)

2015年、最も心に残った13冊の本:その3(9〜13冊目)

2015年、最も心に残った13冊の本:その1(1〜4冊目)
2015年、最も心に残った13冊の本:その2(5〜8冊目)

のつづきです。

 

所属している出版社の本も入ってしまっているので(我が子のように好きでごめんなさい)、
ステルスマーケティングにならないように該当書籍には「」を付けてあります。

 

2015年、最も心に残った13冊の本:その3(9〜13冊目)

愛するということ』著:エーリッヒ・フロム

愛するということ

ドイツの社会心理学者エーリッヒ・フロムによって書かれた名著です。

愛は本能的・自然的なものであるよりも、
能動的に行なっていく「技術」である

という主張で、原題も「THE ART OF LOVING」です。
(なので、もしかしたらなんとなく手を伸ばすのに抵抗がある人もいるかもしれません。)

僕は「自己愛」というものについて少し調べたいと思っていた時に、
パラパラとめくっていたらまさにその章があったので手に取りました。

自己愛の課題は、「愛情の対象が他者に向かず、自己にのみ向いてしまう」ことだと思っていました。
この本で気づかされたのは、「利己的な者はむしろ自分自身すら愛せていない」ということです。
自分を愛せないことによる空虚感・欠落感を埋めたいがために、人は利己的になってしまうのではないか。
欠落を埋めるために他人からの愛をひたすら求めてしまうと、
「自分が愛されるためには」ということばかりに目が向いてしまうかもしれない。
あるがままの自分自身を、他ならぬ自分こそがきちんと愛せていれば、
過度の承認欲求や自分を守ろうとする姿勢もとけてゆくのでは。

そんなことを思いました。

この本では他にも、
人間の成長段階に応じた愛や、歴史上の神への愛がどのように変遷してきたか、
などに関しても触れていて、とても興味深かったです。
長く読み継がれてきただけあるな〜と感じました。

 

「思考」のすごい力』著:ブルース・リプトン

「思考」のすごい力

好きな本に「量子力学」の話が出てくることが多くて、
学んでみようかと思っていた時にある方が貸してくださった本です。
ずいぶん長いこと手をつけられていなかったのですが(Fさん、ゴメンなさい)、
「年が明ける前に」と思って開いたらとっても面白かったです。
理系は苦手で、特に高校の時の「生物」の授業は苦痛だったので、
「生物学」の本を読む日が来るとは思っていませんでした。
が、アメリカンな著者のノリと、ユニークな例えや図を用いた科学的説明もあって、
この本は初学者である僕にも夢中で読ませてくれました。

テーマは、

人をコントロールするのは、遺伝子「ではない」。
遺伝子は設計図に過ぎず、遺伝子のふるまいを決めるのは、思考の力だ。

ということです。
この本で「エピジェネティクス(epigenetics)」という言葉を初めて知りました。
「遺伝学を超えた」といような意味です。

ものすごく端折って言うと、

・DNAは「染色体タンパク質」にカバーのように覆われているため、これが外れないと遺伝情報は発現しない
・そのタンパク質は外部環境によるシグナルによって変形する
・つまり、カバーが外れて遺伝情報が発現するか否かは、外部環境に大きく左右される

遺伝で全てが決まるのではなく、鍵を握っているのは(細胞の)外部環境だよ、ということです。
その外部環境として人の「思考」がものすごく大きな力を持っている、と繋がっていきます。
思い込みで偽の薬が効いてしまう「プラシーボ効果」は有名ですよね。
あれを始め、「マジかよ」な事例がいっぱい出てきます。
「ポジティブシンキングで人生は良くなる」みたいな話はあちこちで聞きますが、
細胞(よりももっと小さな)レベルでの科学的解説が満載なので、
知的好奇心の強い人にはとても面白いと思います。

 

出現する未来から導く――U理論で自己と組織、社会のシステムを変革する』著:C・オットー・シャーマー 

出現する未来から導く――U理論で自己と組織、社会のシステムを変革する

「U理論」というなかなか深遠な人や組織の変革理論があるのですが、
2015年はこれがすごく腑に落ちた年でした。
ご本人が意識されているかどうかは定かではありませんが、
尊敬している方の多くはこの変革プロセスに則っているなと感じたのです。

「U理論」の「U」は何かの頭文字ではなく、アルファベットの形自体が名前の由来です。
「一度下って、谷の向こう側へ登る」というイメージです。
それが実際どういう手順なのかはこの記事でざっくりとならわかると思います。

過去の経験から学ぶことももちろんとても重要です。
ですが、あまりに複雑な問題と向き合ったとき、
それだけではどうにもならないことが出てきます。
過去の経験にとらわれるがゆえにうまくいかないこともあります。

そんなときに「U理論」は、
「出現しようとしている未来から学ぶ」方法を提示しています。

これだけ聞くと「なんじゃそりゃ!?」って感じになると思いますが、
ちょっと振り返ってみて「ん?なんとなくその感じ分かるかも」という気がした方は、
学んでみるとすごく面白いと思います。
人と組織の問題を劇的に解決するU理論入門』が一番わかりやすいと思います。
(入門と言いながら400ページ以上あるのですが、本当に分かりやすいです)
最近では、『マンガでやさしくわかるU理論』なんていう本も出ています。
自分の外側の問題を解決する前に、内面のあり方をどう変えていくか、が鍵になります。

前置きが長いですが、『出現する未来から導く』は「U理論」提唱者のオットー・シャーマー氏の著書で、
実際の社会の中でこの理論を用いてどんな変革が起きているか、あるいは必要か、を説いています。
いわば、「U理論の実践編」と言えるかもしれません。
割と大きな(マクロ)視点で「社会を変えたい」と思っている人にオススメです。

たぶん2015年に一番精読した本で、
ほぼ全てのページにラインとコメントが入っていました。

 

ハドリアヌス帝の回想』著:マルグリット・ユルスナール

ハドリアヌス帝の回想

2015年、一番衝撃を受けたのはこの本だと思います。

古代ローマに「五賢帝時代」と呼ばれる時代があります。
優秀な皇帝が続いたということですが、そのうちの一人がハドリアヌス帝です。
この本は、病床にある彼が、後に皇帝になるマルクス・アウレリウス・アントニヌスに向けて綴った手記、
という形をとった小説です。

そうなんです、実際の手記じゃないんです。
なのに、読んでいるとハドリアヌス本人が綴っている独白録だとしか思えないんです。
もちろん史的事実は追っていると思いますが、これが小説とは…
いったい著者はどんな想像力と感性を持っているんだと度肝を抜かれます。
もはや憑依だと思います。

この凄まじい同化力を持つ著者は、マルグリット・ユルスナールというフランスの作家です。
余談ですが、本名はクレイヤンクール(Crayencour)で、
ユルスナール(Yourcenar)はアルファベットを並べ替えたアナグラムだそう。

巻末に収録されている「作者による覚え書き」というユルスナールのメモによると、
この本を発想して書き始めたのは、20歳〜25歳の時。
がしかし、この本は「40歳を過ぎるまではあえて着手してはならぬ類の著書」であると悟り、
執筆を中断します。
ユルスナールが生まれたのが1903年で、この作品が発表されたのが1951年なので、
書き終えた時にはだいたい48歳かな。
20歳から書き始めたことを考えると、中断期も含めて28年かけているんです。
まるまる僕が生きてきた年数と同じであり、
ネルソン・マンデラの投獄期間より1年長いです。

史実を追っただけの歴史家にも、想像力に頼っただけの作家にも、
決して辿り着けない領域だと感じました。
文体は決して現代人にとって簡単なものではありませんが、非常に味わい深く、
一度リズムに乗り出すとたまらないです。
この記事では中身に全然触れていませんが、深い教訓に満ち溢れています。

図書館で借りて読み終わって、「あ〜手元に欲しい」と思っていたら、
その直後に古本屋さんで、書店では手に入らないであろう旧版を見つけて即買いしました。
今では線だらけになっています。
(でも装丁は新装版の方がかっこよくて好きです。)

 

自省録 』著:マルクス・アウレーリウス

自省録 (岩波文庫)

上記の本でハドリアヌス帝が宛てた相手こそが、
この『自省録』の著者マルクス・アウレリウス・アントニヌスです。
おそらく、世界史で習う最も長い固有名詞じゃないでしょうか。
スリランカの首都スリジャヤワラダナプラコッテより2文字も多いです。

彼はストア哲学に傾倒し、哲人皇帝と言われています。
「哲学者の手に政治をゆだねることが理想だ」と言ったプラトンに従えば、
まさに「賢帝」だったのでしょう。(五賢帝時代最後の皇帝です)

原題の「TA EIS HEAUTON」の意味は、
岩波文庫(1956年)の訳者まえがきでは「自分自身に」
Wikipedeiaでは「彼自身へ」となっています。
(本人が付けた題なのかは定かではありません)

ということで、この本は彼が自分自身へ語りかけたメモ録です。
なのでストーリーはなく、短い断片的な思索がまとまっている形式です。
自分自身に語っているのですが、「君は」という書き方をするので読んでいてドキッとします。
ストア学派は「ストイック」の元々の意味でもあるので、
書かれていることは非常に禁欲的で厳格です。
ちょっと自分を戒めたい時に良い薬になります。

・失いうるものは「現在」だけであり、生きられるのも「現在」だけである
・外部の事象を解釈するのは「主観」であり、それは自らの力で変えられるものである。
・すべての事象は宇宙の自然が為すものであり、一瞬も早くなく、一瞬も遅くなく、起るべくして起る
・コントロールできるものに対しては真摯で建設的な姿勢を、コントロールできないものには委ねる心を

全体的にそんなメッセージを受け取っています。

この本は2013年にも読んでいて再読だったのですが、再読時の方が響きました。
初読時にしかない刺激というものももちろんあります。
でも、その時々の心情で受け取り方は変わってくるので、
良い本は繰り返し読むべきですね。

品位を失いかけている時は、いつもこの言葉を思い出すようにしています。

今後なんなりと君を悲しみに誘うことがあったら、
つぎの信条をよりどころとするのを忘れるな。
曰く、

「これは不運ではない。しかしこれを気高く耐え忍ぶことは幸運である。」

 

 

 

 

 

以上、「2015年、最も心に残った13冊の本」でした。

2015年、最も心に残った13冊の本:その1(1〜4冊目)
2015年、最も心に残った13冊の本:その2(5〜8冊目)

 

 

2016年も素晴らしい本に
たくさん出会えますように。

 

 

ご紹介した本一覧

2015年、最も心に残った13冊の本:その2(5〜8冊目)

2015年、最も心に残った13冊の本:その1(1〜4冊目)

のつづきです。

 

所属している出版社の本も入ってしまっているので(我が子のように好きでごめんなさい)、
ステルスマーケティングにならないように該当書籍には「」を付けてあります。

 

 

2015年、最も心に残った13冊の本:その2(5〜8冊目)

ジョージィの物語――小さな女の子の死が医療にもたらした大きな変化』著:ソレル・キング 

ジョージィの物語――小さな女の子の死が医療にもたらした大きな変化

医療事故の発生件数は、交通事故の4〜5倍とも言われます。
毎日ジャンボジェット機が墜落するのと同じくらいの方が、医療事故で亡くなっているそうです。

著者のソレル・キングさんは、医療事故によって1歳半の娘を失いました。
防げたはずの死だと、病院側を強く憎み、本人も人生の泥沼にはまっていってしまいます。
「娘の命を金に変えることはできない」と、示談金も拒み続けます。

しかし、転機を迎えます。

その示談金を使って医療安全を推進する財団を設立するのです。
そして、憎しみを正の力に変えて、病院側を巻き込みながら、

「責任者の追求ではなく、悲劇をもたらすシステムを変える」

と奮闘し始めます。
そして、娘の死のことを勇気を持って話した講演DVDを数千の医療機関で上映することをはじめ、

・患者側も緊急の対応を要請できる〈早期対­応チーム(RRT)〉
・入院患者の医療参加を支援する〈入院日誌(ケア・ジャーナル)­〉
・医療従事者の心理ストレスを軽減する〈医療者への支援(ケア・フォー・ザ・ケアギ­バー)〉プログラム

など、様々な仕組みを開発・導入していくのです。

人は、深い喪失感や憎しみから「立ち直ることができる」だけではない。
同じような悲しみを減らすための「変革者」にすらなれる。
ソレルさんはそのことを、憎んでいた相手との協働さえしながら力強く証明してくれます。
そんなソレルさんは、『ウーマンズ・デイ』誌で「世界を変える50人」にも選ばれています。

今、何かの悲しみの底にいる人に、そっと渡したい本です。

 

問題解決のジレンマ: イグノランスマネジメント:無知の力』著:細谷功

問題解決のジレンマ: イグノランスマネジメント:無知の力

副タイトルの「イグノランスマネジメント:無知の力」にピンときて読みました。
「無知の活用」は、ドラッカーが最後に取り組もうとしていたテーマだったそう。

この本を見て最初に思い浮かんだのは、
ノーベル平和賞を受賞したこともあるムハマド・ユヌスです。
貧困層の女性を対象にした無担保の少額融資(マイクロファイナンス)によって多くの人の貧困脱出を実現した方ですが、
これは従来の銀行から考えたらとても非常識な方法でした。
それでも行動に移せたのは、「銀行の仕組みを知らなかったから」だとユヌスは語っています。
「知らない」からこそ「常識外れ」な良作を打てる。
これは「無知の力」と言えないでしょうか。

この本では、

(1)既知の既知:問題が発見&解決された状態
(2)既知の未知:問題が発見されているが、解決はされていない状態
(3)未知の未知:問題が発見されていない状態

に分類して、(2)に挑む「問題解決者」と、(3)に挑む「問題発見者」には、
必要な価値観や能力が180度異なる、ということを説いています。
前者を「アリ」、後者を「キリギリス」に例えて違いを説明していくのがユニークです。

うまくまとまっていてグイグイ読んでしまいました。
ただ、「無知の扱い方」という点では少し弱かったので、
「無知」の技法 Not Knowing』という本を合わせて読むのがオススメです。
こっちの方が「『知らない』って強みになることがあるんだ」ということが、
起業家・芸術家・冒険家などたくさんの事例から実感できます。

・無知を生かす力
・アンラーニング(いったん学習したことを意識的に忘れる)

この辺は追いかけてみたいテーマです。

 

ルシファー・エフェクト ふつうの人が悪魔に変わるとき』著:フィリップ・ジンバルドー

ルシファー・エフェクト ふつうの人が悪魔に変わるとき

2015年に読んだ本の中で一番分厚い本です。
800ページくらいだったか。

かつて、学生に看守・囚人役を演じさせる「スタンフォード監獄実験」というものが行われました。
この模擬監獄実験は、当初2週間続行するつもりでした。
しかし、「役割」を越えて彼らが本物の看守・囚人になり切ってしまい、
恐るべき虐待が始まってしまいます。
その結果、たった6日間で中止されてしまいました。

著者は、この実験の発案者であった心理学者のフィリップ・ジンバルドー教授です。
前半では実験内容が日付ごとに詳細にまとめあげられています。
そして、イラクのアブグレイブ収容所で起きた、
アメリカ兵によるイラク人捕虜への虐待事件を事例に出しながら、
人間悪が引き出される共通項は何かを暴いていきます。

この本が主張しているのは、
残虐な悪行に手をかけてしまうのは、
「気質的に問題のある一部の個体」ではなく、
「どこにでもいる普通の人間」であるということです。
カギは「個人の気質」にではなく、
彼らをそのような行為に傾けさせる背景にある「状況」、
そしてそれらの状況を生み出している「システム」にこそある。
「一部の腐ったリンゴ」が問題なのではなく、
「腐った樽」が問題なのであり、
「腐った樽の製造工場」が問題なのであると。

政治哲学者のハンナ・アーレントは『イェルサレムのアイヒマン――悪の陳腐さについての報告』の中で、
「ユダヤ人問題の最終的解決(ホロコースト)」において主導的な役割を演じたアドルフ・アイヒマンが、
「いかに凡庸な人間だったか」を説いています。
スタンフォード監獄実験やアブグレイブ刑務所の事例のみに留まらず、
条件が整ってしまえば「プチナチス」はどこにでも生まれ得るのではないか。
それがたとえ「普通の人たち」の間であっても。

「自分にできること」を見つめることは大切です。
でも同時に、「自分が陥り得ること」にも謙虚に向き合わなければならないと強く感じました。
「自分だけはそんな風になるはずはない」と思う人ほど、
それがいかに脆く崩れるかをこの本を通じて知って欲しいです。

逆に、最終章では「凡人も英雄になり得る」という希望も提示されます。
悪が陳腐で陥りやすいものなのであれば、
「善良」もまた、条件が整えば獲得できるものだということを忘れてはいけません。

 

ソングライン 』著:ブルース・チャトウィン 

ソングライン (series on the move)

伝説の旅人ブルース・チャトウィンが、
アボリジニの世界創造の道「ソングライン」の謎を追った旅の記録です。

アボリジニの先祖たちは、
一つひとつの岩、一つひとつの草木を「歌う」ことによって、
それらにこの世界における「存在」を与えていったと言われています。
その「歌の道」が網の目のようにオーストラリア中に広がっていて、
彼らは歌を辿っていくことで旅することができるそうです。

なんとも素敵な世界観で、すっかり魅了されてしまいました。

この幻想的な世界観と対照的にチャトウィンが多く描いているのは、

・白人によるアボリジニの権利の侵害、
・(逆に)行き過ぎた擁護運動、
・絵画を中心としたアボリジニとの取引

など、欧米社会介入の現実的な姿です。

僕が思うチャトウィンの魅力は、
なぜか多くの人の口を開かせ、真実を語らせてしまうことです。
口達者なコミュニケーション能力、という感じではなく、
それを超えてもっと、読者目線から見てもチャーミングなんです。
強い探究心が相手をそうさせてしまうのか。
とにかく不思議な魅力です。

この本のもう一つの魅力は、後半部から挟まれ始める「チャトウィンのノート」の記録です。
彼の永遠のテーマは「なぜ人は放浪するのか」
この謎を追うべく、彼は多くの著作の引用や洞察をノートにメモし続け、
このノートは「パスポートよりも大事」だと言っていました。(何冊かなくしたそうですが)
その内容が公開されているので、ここを読むだけでもたまらないです。

ちなみにそのノートとしてチャトウィンが愛用していたのが「MOLESKINE(モレスキン)」です。
一度は製造業者が亡くなり、後継者も工場を売り払ってしまったことがあったのですが、
ゴッホ、ピカソ、ヘミングウェイにも愛されたこの伝説的なノートは1997年に蘇りました。
すっかり影響されて、僕も今使っています。

チャトウィンの目を通じて、
気だるい暑さ、飛び交う砂塵、鬱蒼としたブッシュの中をぜひ旅してみてください。

 

 

【つづき】

2015年、最も心に残った13冊の本:その1(1〜4冊目)
2015年、最も心に残った13冊の本:その3(9〜13冊目)

2015年、最も心に残った13冊の本:その1(1〜4冊目)

2015年の読書振り返り

振り返ろうと思ってまずびっくりしたのは、
もう2016年が2ヶ月終わろうとしているということ…

やばい、はやい。

 

さて、2015年は107冊の本を読んでいたようです。
煩悩の数まであと1冊及ばず。

そのうち、

・87冊が初めて読んだ本で、20冊は再読本
・去年のテーマにしていた「古典文学」は22冊

改めて見てみると、結構いい割合だったなと思います。

ちなみに2016年は、

・再読本:2〜3割
・理系本(特に量子力学系):1〜2割

の予定です。

 

去年の読書をもう少し深く振り返りたいと思い、
ここで2015年に読んだ本の中で特に印象深かったものを紹介してみます。
(2015年に「読んだ」であり、2015年に「発売した」とは限りません)

無計画に書いてみましたところ、
不吉なことに13冊になりました。
足りなかった煩悩をここで取り返した感じです。
僕の2016年を暗示しているのかもしれません。

所属している出版社の本も入ってしまっているので(我が子のように好きでごめんなさい)、
ステルスマーケティングにならないように該当書籍には「」を付けてあります。

 

 

2015年、最も心に残った13冊の本(1〜4冊目)

シュナの旅 』著:宮崎駿

シュナの旅 (アニメージュ文庫 (B‐001))

1983年に発表された宮崎駿さんの作品です。
フルカラーの漫画で、100ページちょっとの短いお話ですが、
彼はこの作品をアニメーション化させることを夢見ていたそうです。

書店でこの本を見つけてパラパラとめくっていたら、
いきなり「ヤックル」が出てきて声を出してしまったのを覚えています。

ヤックル、知ってますか?

知らなかったらググってくださいね。
『もののけ姫』では固有名詞で登場しますが(そして僕のチャリの名前でもありますが)、
シュナの旅』では種族名として出てきます。

なので、ヤックルがそれはもういっぱい出てきます。
一コマの中に13匹も出てくるページがあるくらいです。
それだけでもこの本を読む価値があります。

小国の後継者であるシュナは、飢えに苦しむ王国を救うべく、
「金色の種」を求めて西へと旅立ちます。
道中で、人食いや人の売り買いという負の世界を見ながらも、旅を続けるシュナ。
「金色の種」が実る地に辿り着いたとき、
作物を豊富に実らせるその種が、
一体どのようにして生まれてくるのかを知ってしまいます。

これがかなりショッキングでした。
自分たちの世界の食べ物の裏側で起こっているかもしれないことと、
思わず重ねてしまいました。

この物語はチベットの民話『犬になった王子』が元になっているそうです。
短いながらも「食べる・生きる」というテーマを強く考えさせられる物語でした。
世界観がとてもジブリなので、『風の谷のナウシカ』や『もののけ姫』が好きな方は是非ご一読を。

ナウシカと言えば、漫画版の『風の谷のナウシカ』は名作です。
人生で影響を受けた本としてこれを挙げる著名人も多いです。
映画版は原作の全7巻のうち、2巻の途中くらいまでしか描かれていません。
なので、ぜひ原作も読んでみてください。

 

世界はシステムで動く ―― いま起きていることの本質をつかむ考え方』著:ドネラ・H・メドウズ 

世界はシステムで動く ―― いま起きていることの本質をつかむ考え方

著者のドネラ・メドウズさんは、世界の複雑な問題を分かりやすく伝えるプロです。
もし世界が100人の村だったら』の原案を作った方で、『成長の限界』の著者でもあります。

奄美大島で被害の多いハブをやっつけるためにマングースを投入したら、
そのマングースはハブではなく天然記念物のアマミノクロウサギを標的にし始めてしまった…
なんていう話が最初に出てきます。

問題を表面的・近視眼的に捉えてしまうと、
打った対策がかえって別の問題を引き起こしてしまうことがあります。

そんな複雑な世界と向き合うための手段が「システム思考」です。
物事の因果関係は、

・A→B→C→D→E

のような単純な「直線」ではありません。
「CはAにも影響を与える」ことがあり、そうすると矢印は「ループ」型になります(フィードバック・ループ)。
CがAを強める関係にある場合には、AはさらにBを押し進め、BはCを強化し、CがまたAを…
例えばこれは「自己強化型フィードバック・ループ」と言います。

システム思考は、起きている物事の全体像をループ図で捉えながら、
全体のシステムに大きな変化をもたらせる「レバレッジ・ポイント」を見抜きます。
世界が複雑になればなるほど、この考え方は必要になってくるはず。

 

夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです 村上春樹インタビュー集1997-2011 』著:村上春樹

夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです 村上春樹インタビュー集1997-2011 (文春文庫)

副タイトルの通り、作家・村上春樹のインタビュー集です。

単行本ですでに持っていて繰り返し読んでいたのですが、
追加インタビューが入っている文庫版を見つけてまたもや読みました。
何度読んでも創作意欲がくすぐられます。

物語を書くとき、村上さんは「心の地下室」のような暗闇に降りていくそうです。
面白いのは、そこで見たものを「分析したくはない」、と言っていること。

僕としては、そこからいちいち意味を読みとったりはしたくないのです。
それをそのまま総体として受容したい。

総体として受容」ってすごい言葉ですよね。

人は物事に自分なりの(あるいは人から借りた)解釈を付与して言語化することで安心するものだと思っています。
でもその解釈は、物事のある面を「切り取る」ということです。
形をきれいに整えることで、パンの耳みたいに捨てられてしまう部分があります。
捨てざるを得ないのです。

だから、「分析をしないで、総体として受容する」っていうのはすごいことです。
そして、ここに村上さんの「物語」の強さがあるのだと思います。

heal(癒す)、holy(神聖な)、health(健康)の語源は、
Whole(全体)の語源と同じだと言われています。

もちろん断片的な「たった一言」が人を癒すこともあるのですが、
物語という「全体」をくぐり抜けることで得られる癒しの力はより強いのだと感じます。
それが総体的な物語であればあるほど。
それは単に「テーマが広い」ということではないと思うのですが、
語りだすとキリがなくなりそうなのでこの辺で。

あとこの本を読むと妙に、早寝早起きとトレーニングをしたくなります。

村上さんは毎日走り、多くのマラソンやトライアスロンの大会に出るようなランナーです。
走ることについて語るときに僕の語ること』というエッセイ本を出しているくらいです。
夜は8時とか9時には寝てしまい、朝4:00頃に起きて午前中に集中して執筆する、
という生活をずっと続けてきたそう。

物語を書く時に降りていく心の地下室はとても危ないところで、
人によっては帰ってこれなくなってしまうらしいです。
作家を続けていくには「きちんと地下室から帰ってくる力」が必要。

ということで、コツコツとあの生活リズムと運動を続けて鍛えているそうです。
芸術気質な人って不健康なイメージがありましたが(←失礼)、見方が変わりました。

「病は気から」とは言いますが、「心は身体から」でもあります。
健全な精神は、健全な身体に宿る」、というやつですね。

 

断片的なものの社会学』著:岸政彦

断片的なものの社会学

僕はこの本を、「写真」とか「カメラ」が趣味な人におすすめしています。
撮影の本ではまったくないのですが、被写体選びにいい影響があるんじゃないかと。

特に意味を見出すでもなく、ただただ印象に残っているシーンって、
人生にはけっこう多くありませんか?

著者の岸政彦さんはこの無意味さを愛し、
本当に好きなものは、分析できないもの、ただそこにあるもの、日晒しになって忘れられているもの
と語っています。
(先ほどの「総体としての受容」の話となんとなく繋がってる気がします)
小さい時から道端で拾ったなんでもない石ころをずっと眺めていられたくらい、
世界中に散りばめられたなんでもない「断片」が好きなのです。

この本には「断片的な」世界の出来事のいくつかが、ただただ書かれています。
帯の文言も素敵です。

この本は何も教えてくれない。
ただ深く豊かに惑うだけだ。

分析のないところには価値がないというのであれば、
この世界の出来事の豊かさの多くは失われてしまうと思います。

「意味の前」に、物語は確かにあるのです。

普通の人たちの中に。
ありふれた日常の中に。
見えなくとも確かに存在している世界中の人々の生活の中に。

そのことに改めて気づかされる本です。
隣の人を、すれ違う見知らぬ人を、今より少し大切にできるようになるかもしれません。

 

 

【つづき】

2015年、最も心に残った13冊の本:その2(5〜8冊目)
2015年、最も心に残った13冊の本:その3(9〜13冊目)